ウィッチオブミラーとスノーホワイトと混血児
シャラン、と扉に付いた振り子が立てた音に、店の主であるレンは扉を振り返った。
此処は、王都の市街地、比較的治安の良い場所に建っている法具店。
さらりと癖の少ない栗色の髪、涼しげな目元は桜色に彩られ、女性らしい身体を包むのは上等な布を使ったゆったりとした法衣と魔力を込めた宝石を加工した装飾品。
決して派手過ぎず、程よい煌びやかさの出で立ちの彼女の名はレン。
既に日が落ちてから大分時間が経っており、店の回りもすっかり人の気配が消えている時刻の来訪者にレンが怪訝な顔を浮かべる。其処にたった居たのは外套のフードを被った男女らしき二人組。
高価な商品を取り扱う店ではあるが、レン自身銘武器を持つハンターでもあり強盗であったとしても撃退等容易なこと。そもそも、実力が周りに知れ渡っている分、襲撃しようという輩すら沸くことは稀で。
警戒はしているものの、それ以上アクションを起こすこともなく来訪者を見つめれば、背の低い人物がフードをあげ顔が露になったことで一気に表情が明るく綻んだ。
「ニナ!まぁ、久しぶりだこと。事前に連絡をくれたらよかったのに」
フードの下には穏やかな少女の顔。亜麻色の髪が柔らかく零れ落ち、紅茶色の瞳が穏やかにレンを見る。
久しぶりの店主との再会に、こちらも嬉しさが滲むスノーホワイトの継承者。
「レンさん、お久しぶりです。びっくりさせてしまってごめんなさい」
少女が二人微笑み合えば店内が華やぎ、もう一人背の高い青年の気配もその様子に緊張を解いたように和らぐ。…が、其れも束の間のこと。
「今日は、以前お願いした物を受け取りに来たんです」
穏やかな笑みのままニナが口にした言葉に、レンと青年の身体が強張った。
「……そう。立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいって頂戴。取って来るにも少し時間がかかるの」
先程までの笑顔を曇らせつつ、レンが口を開く。店の奥にあるテーブルセットまで二人を案内してかけるよう勧めてから、一先ず紅茶を入れてこようとキッチンに引っ込みかけて、レンは青年に視線を向ける。
「ところで…私の店で外套を着たままお茶を飲むだなんて、そんなはしたない事認めませんからね、ロウ」
未だ外套を羽織ったまま椅子に座ろうとしていた青年がギクリと動きを止めた。
子供を叱りつけるようなレンの言葉に戸惑ってニナを伺うが、頼みの綱のニナもレンの言葉に同意して頷いている。早く外套を脱げ、ということなのだろう。
しばし何か言い返そうとしていたものの、結局諦めてロウは外套のフードに手をかけた。
漆黒の、艶やかな髪と表情の乏しい、それでも十分に美丈夫と言って差し支えない顔立ちが露になる。しかし、一目で人の子と違うと解る、頭部に生えた黒い牡羊の角。そのまま外套を脱ぐと、獣の尾が店内の明かりに揺らめく。
自分の姿が明かりに晒されると居心地が悪そうに視線を落とすが、少女二人はそんなことを気にする風もなく一人は椅子にかけ、一人は当初の予定通りキッチンへ。
文句を言うことも出来ず、それこそ借りてきた犬のように、ロウもニナに習って椅子へ腰掛けた。
「お待たせ、ニナ」
二人に紅茶と焼き菓子を提供してから店の蔵へと引っ込んだレンが、小さな宝石箱を持って再び店内に姿を見せたのは時計の針が8時を少し回った頃。
二人と向かい合うように椅子に腰掛け、手にした宝石箱をテーブルの上に置いてみせる。細かい細工が施され、その細工自体が一種の魔力を帯びていることに気付くものは何人居るであろうか。
手にしたティーカップをソーサーに戻すと、ニナはそっとその箱へ指を伸ばす。
カタン、と小さな音を立てて蓋が開くと、ベルベッドの台座の上にプラチナに似た金属で作られたペンダント。鍵の形を模してあり、大きさは掌の半分程だろうか。
それを手にとって、大切そうに指で撫でる。
「…ありがとうございます、レンさん。これ程まで、私の注文通りに作ってくださるなんて」
愛おしささえ滲み出すほど優しく指を滑らせてから微笑むニナを、レンとロウは複雑な表情で見守った。
「……どうしても、はじめるのね?」
レンが小さく呟いた言葉に、ニナは頷く。
「確かに、このままじゃいけないことは私にも解るわ。でも、何も今でなくても…」
続けられた言葉に、ふるりと首を振って、一度ペンダントを台座に戻しニナはレンの手を握る。
「今でなければ、駄目なんです。この先、こんな機会はもう来ないかもしれない」
穏やかな表情と対照的にその瞳に固い決意を読み取って、レンは更に続けようとしていた言葉を飲み込む。
上手く感情を出せず、ニナの手をぎゅっと握り返した。温かい、自分と同じ小さな手。
もどかしさに一度視線を伏せてから、改めて顔を上げる。
視界の端で、二人を見守るロウの黒い尾が小さく揺れた。
「では、はじめましょう。世界の理を、正しましょう。それが、貴女の望みなら」
静かに、舞台の幕が開く―――。
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